2026年 8月の聖語

我が頭は父母の頭、我が足は父母の足『忘持経事』
我が己心を観じて十法界を見る『観心本尊抄』

我が頭は父母の頭、我が足は父母の足

=父母の思い=

 「よっぽどあんたに会いたかったんだね。おっかさん」

 幼い頃、母親に置いて去られ、孤児として育った女性に、知人が語りかけました。女性はこの言葉に心を揺さぶられます。自分を置いて去った母への複雑な思いが、「産んでくれただけでありがたい」という感謝の気持ちに変化していく、あるテレビドラマの感動的なシーンです。

 産んでくれと頼んだわけではないのに、あれこれうるさくいわれ、「うっとうしい!」「いなくていい!」と、父母に対して思ったこともあるでしょう。

 でも私たちは誰しも「ようこそ」と歓迎されてこの世に産まれてくるのです。

 このドラマでは、「あなたに会いたかった」という父母の思いに気づいた時、「私の頭は父母の頭、私の足は父母の足、自分の身体はお父さんお母さんそのものなんだ」と感謝の心がわきました。境遇は違うかもしれませんが、みな同じなのです。

◎日蓮聖人ご遺文『忘持経事』

 下総の富木常忍が、母の遺骨を首にかけ、身延の日蓮聖人のもとに供養に訪れた帰り、経巻を忘れたために『忘持経事』と名が付きました。信仰の悦び、親子共の成仏が説かれています。
建治2年(1276)55歳

引用:日蓮宗・今月の聖語

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